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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(あ)373号 判決 1969年4月25日

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人隅田誠一の上告趣意は、判例違反を主張する点もあるが、引用の各判例は、本件と事案を異にして適切でないから、所論はその前提を欠き、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも、適法な上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決および第一審判決は、後記のように、刑訴法四一一条一号により破棄を免れないものと認められる。

第一審判決が認定した罪となるべき事実は、被告人は、自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和四〇年一一月一八日午後五時一五分頃、普通貨物自動車(車体の幅約一・九三米)を運転して、高知県南国市片山一一〇六番地先道路(幅員約六米)を時速約三五粁乃至四〇粁で北進中、同方向に進行中の自転車二台を追越すため道路の中央からやや右側に進出し、まさにその追越しを終ろうとした際、三四米位前方の道路の中央から右側を対面進行してくる橋田幹夫運転の自動二輪車を認めたが、双方がそのまま進行すると接触などのおそれがあるので、このような場合自動車運転者としては、右橋田の動静を注視することは勿論、 速にハンドルを左に切って道路中央より左側部分を進行し、もって危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠って、右橋田の動静を注視せず、追越した前記自転車乗りの様子を左側バックミラーで見ながら、かつ自車の車体の一部を道路の中央より右側部分にはみ出させたまま進行したため、右橋田の自動二輪車に二、三米直前に接近してはじめてこれと接触する危険に気づき、ハンドルを左に切り急制動しようとしたが間に合わず、自車の右前バックミラーを右二輪車に接触させ、続いて自車右後輪に右二輪車を激突させ、右橋田を道路東側田圃に転落させ、同人に頭蓋内出血の傷害を負わせ、同年同月二〇日午前一時四五分頃高知市高須高知厚生病院において死亡させた、というものであり、第一審判決は、右認定事実に刑法二一一条前段を適用して、被告人を禁錮六月、但し三年間執行猶予の刑に処している。

そして、原審弁護人が、被告人が前方約三、四〇米の地点に被害者を発見した際、被害車両は道路中心線の被告人からみて右側部分の中央附近を進行していたのであるから、双方がそのまま進行しても十分すれ違いができ、接触の可能性はなかったのに、その直後被害者は先行車両を追越すため進路を中心線よりにふくらませ、高速度で被告人運転の自動車との間をすり抜けようとしてハンドルの操作を誤った結果本件事故が発生したものであって、右事故は専ら被害者の過失に起因するものであり、被告人にはなんら過失がなかった旨を主張したのに対し、原判決は、被告人が被害者の自動二輪車を発見した際、被告人の自動車は道路中心線から右側に約五〇糎はみ出しており、被害者はかなり高速度で同方向に進行している自転車を追越しながら蛇行に近い状態で進行して来たのであるから、被告人がそのまま進行すれば両車が衝突する危険性はかなり大きかったと考えられ、被告人としては速やかにハンドルを左に切って道路中心線より左側部分に避譲し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったとし、更に、被告人が被害者を発見した時は二人の自転車乗りの追越しをまさに終ろうとしていた時であり、右時点で急激にハンドルを左に切れば或は右自転車に危険を及ぼすおそれもないことはないといえるが、当時被告人運転の自動車の速度は時速約四〇粁であり、自転車は普通時速一〇粁前後であるから警笛を吹鳴する等して警告を与えながらハンドルを左に切って行くことは必ずしも不可能な状況ではなかったものと認められる旨の判断を示して、弁護人の前記主張をしりぞけている。

しかし、被告人の進行していた道路の左側部分の幅員は約三米であったから、他の車両を追い越すためには、道路の中央から右の部分にはみ出して通行することも法規上許されているところであり(道路交通法一七条四項四号参照)、被告人が、追い越そうとする自転車に危険を及ぼさないように、約一・九米の幅のある被告人の車両を道路の中心線より五〇糎程度はみ出させて進行したことは、むしろ追越方法として適切であったと認められる。そして、対向車両に対しては、約二・五米の余裕が与えられていることになり(原判決の認定するところによれば、そのまた右側に約〇・五五米の舗装されていない路肩があるので、これも算入すれば三米以上になる)、被害者の運転していた車両は自動二輪車であるから、同人が、本件のように無理な追越をして道路中心線に接近しないかぎり、十分安全にすれ違い得た場合であったといわなければならない。しかも、被害車両に、もう五〇糎程度の余裕を与えるためには、被告人が、自転車の追越を完了しない前に左にハンドルを切る必要があり、その行為が、追い越されつつある自転車に危険を及ぼすおそれのあることは原判決も認めているところである。そうすると、被害車両の異常な行動を予想して、あらかじめその進路を広くあけるために、前記自転車乗り二名の生命身体に危険を及ぼすような行動に出るべきであったということになり、このような結論が到底是認しがたいものである以上、被告人に右のような行為に出ることを要求し、その行為をしなかったことが業務上の過失にあたるとした原判決の判断は、刑法二一一条の解釈適用を誤ったものといわなければならない。

しからば、本件において、被告人に過失責任を認めた原判決および第一審判決は、法令の解釈を誤り、被告事件が罪とならないのにこれを有罪としたものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、刑訴法四一一条一号によりこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって、同法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

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